奇妙礼太郎

「前にここに来たのは2011年なんですよね・・・」
そう呟きながらギターを弾き始める。

何を気負う様子もなく、奇を衒うわけでもなく。
「ゆっくりよろしくお願いします」
その言葉通りの時間を紡ぐ。

頭から立て続けに新曲を。
「おしゃれな曲です」そうイントロをつまびき、
「ね?おしゃれでしょ?」と笑いを誘う。

子どもの前では聴けないようなスケベな歌は最高。
思わず笑ってしまうような激しく同意してしまうような
そんな初めましての歌詞を。
「もう覚えたでしょ?」と客席に歌わせる。S寄りの親愛。

とつとつと歌っていたと思ったら、そのまま喋り始めたり、
時に間違えてエヘヘと笑っていたと思ったら、
伸びて伸びてどんどん伸びて、
ミュージシャンのサインで埋め尽くされたcafe STANDの壁や天井を、
突き破っていくような圧倒的な歌声を放つ。

松田聖子の「SWEET MEMORIES」や「赤いスイートピー」、
弾き語りライブでは定番ともいえるカバー曲も多彩に。
原曲を超えて、それはもう自由に。

映画「ティファニーで朝食を」でオードリー・ヘプバーンが唄う
「ムーン・リバー」を切々と届けたあとにはおもむろに、
盟友・Sundayカミデ氏の父母の、
オードリー絡みのエピソードを嬉しそうに語る。
台所に立つ母の後ろ姿を見て、父が毎回ボケるのだそうだ。
「わあ!びっくりした!オードリー・ヘプバーンかと思った!」と。
なんて愛のある。

先日の健康診断で、大学のときから背が伸びていたと。171.9から172.1に。
ビールを買いに細い道を通ったら、
その死角で中学生がむちゃくちゃキスしていてごめんと思ったと。
そんな日常の景色のディテールを、
友人に話すようにゆるやかに口にしながらギターを奏で歌にする。
飾らない、贅沢な時間が流れていく。

ハイライトは「エロい関係」「君が誰かの彼女になりくさっても」「オー・シャンゼリゼ」。
加速度的に熱気を帯びていく声と音。
客席の手拍子と歌声が呼応して弾む。

残り10分と分かり、畳みかけるように「散る 散る 満ちる」、
やけくそのような「ウキウキWATCHING(笑っていいとも)」「サザエさん」、
そして「愛の讃歌」を絶唱し、大きな拍手に送られて。

間を開けずに応えたアンコール。
最後を飾ったのは、対バンで仲を深めたシンガーソングライター、
ジョナ・ヤノへの懺悔の歌。
バースデーケーキを落としてごめんねと。
アイ・ドロップ・バースデーケーキ。オーマイガー。
リリカルなギターにのるシンプルな英詞に、客席の明るい笑いが重なって。

ゆるゆると笑う。とつとつと零れる。せつせつと響く。のびのびと突き抜ける。
気負いなく、奇を衒わず。
そのまんまというスペシャルがそこに在った、14年ぶりのcafe STANDの夜。

Text by kiyoe(エディター)

日本のサム・クック(と、私は思っている)が14年ぶりに弊店へ。
終演後はグラタンをアテに白ワインで労い合った。
さよならも言わず、またねも言わず打ち上げは終わったが、それでいい。

あの日あの場所にいた人々は、当然ながら再びいつもの日常に戻ってゆく。
だからこそ、奇妙さんの歌に希望を抱き、レコードを聴くのだろう。

ご来場の皆様、ありがとうございました。

cafeSTAND 塚本