蔡忠浩

最高気温25度超えという、まさにぽかぽか陽気の昼下がり。
ブラインドカーテンの隙間から眩しい陽射しが入り込み、客席からベビーのおしゃべり声も響く中。

「こんにちはー!あったかいすねー!!」
と大きな声で、明るい登場。

「はじめましてですね。cafe STAND」

そう言ってギターを抱え、力強い一音目を鳴らす。
ゆったりとした午後、クリーム色の店内に、みるみるうちに豊かな音色が満ち満ちる。
マイクなんて要らないのでは。そんな思いが過る声量。そのおおらかさと強さ。豊かとはこういうこと。呼応する客席の拍手すら豊かに響く。

1曲目を終え、「こんなかんじでやってこーかなー、フフ」と笑う。リラックス。
「昨日もライブだったんですが呑まずに寝ました。今日のために」。
声も音も気持ちも、今とても彼が良いコンディションであることが伝わる。

ソロでリリースしたカバーアルバムからの、絶妙な選曲群も次々と。
例えばミッシェル・ガン・エレファントの「GT400」。気負いなく鳴らす。伸びやかに歌う。よもやギター弾き語りのカバーにこの曲を選ぶとは。原曲とはまったく違う、新しい景色が紡がれる贅沢。

YUKIの「恋人よ」を終えては、客席でぐずるベビーの声に「ハハハ」と笑う。
ベビーを連れて外へ出たお客さんへ、「大丈夫ですよって伝えて」とスタッフにさらりと言う。
泣かないで恋人よ、の歌詞が重なる。あたたかさが重なる。

直近2作、珠玉のカバーアルバム「獰猛な愛の横顔」「逃避行はロマンチック」はCDでの限定リリース。配信がないことについて、「CDプレイヤーがない人は、誰かにCDからデータに落としてもらって聴いてください」なんてことを、こともなげに言う。
音楽そのものを、大切に思っている証。

そして、ライブも大切に思っている証。「今度江の島でライブがあるんで、ぜひ来てください。千葉のみなさんは、サーフィンスポットとして江の島には忸怩たる思いがあるでしょうが・・・あ、ない??」そう笑いを誘いながら。

難解なコード進行を確認しつつ、これもまた「GT400」同様、誰がギター1本でこの曲を…というハイレベルなカバー佳曲、ピチカート・ファイブの「東京は夜の七時」。ザ・チャレンジャー。現場での音楽を面白がり、愛し、リスペクトしている証。
どこまでもあたたかな声と洗練の音が、またも見たことのない景色を連れてくる。

キセル「ハナレバナレ」、Fishmans「ずっと前」、ユニコーン「すばらしい日々」、浜田真理子「のこされし者のうた」・・・
音楽ファンの心をくすぐるカバー選曲、それでいてまったくのオリジナルとして響く素晴らしき声と音に、悦びがあふれる。

合間には、ミュージカルの音楽制作のエピソード。「ミス・サイゴン」に感動し、イマジナリーこたつに入りっぱなしで、やる気スイッチがギリギリ手の届かないところにあるけれど、そろそろやるかというモードになっている、などとこぼし。
「バンドやりたいんですよ」
そう、笑いながらも、きっぱりと。

曲作りがいかに体を蝕むか。燃え尽き症候群は本当によくない。
bonobosの頃の曲作りの心労をユーモラスに口にするが、それは真意。そう語りながらも、bonobosの佳曲も大切に奏でる。

空はどんどん夕暮れを連れてきて、店内はほの暗くなっていく。
ここにももうちょっと光をちょうだい。「23区」の歌詞が重なっていく。
「この辺の横断歩道の音って、鳩なんですね。ポッポ、ポッポ、て。僕、福井の敦賀なんですけど、敦賀も同じ鳩なんです。でも、もうちょっとなまってるかんじあります。こっちはなんかメジャーコードっていうか」。笑い合う空間。
「23区」を超えて、福井と千葉にフォーカスされる街のディテール。彼の見る景色。

ライブ中、歌詞が飛んでしまうハプニングも、ベビーが上げる声も、すべて受け止め、笑って、あたたかさに変えてゆく。ミュージシャンとしての、人としての、懐の深さもあふれでた2時間超。

「ありがとよ!」と笑いながら叫んで、本編ラストはルイ・アームストロングの「What a Wonderful World」。風に向かって立つような、満ち満ちた力強さを放ち。
「また会いましょう!」と、現れたときと同じ声の大きさと明るさで席を立つ。

「待ってる時間が落ち着かないから」と3秒で現れたアンコールで話し始めると、ベビーの大きな声が上がる。「ああ!ごめんなさい!!すぐ演ります!!」と叱られたテイで笑いながら、西岡恭蔵の朗らかな「プカプカ」を。
空間皆が笑って、手拍子して、これ以上ないあたたかな大団円。それこそが、彼の放つ心ある音楽の力。

「次は江の島で待ってます。ここにもまた来ます。床が板張りでいいですね。すごく素敵な場所ですね」。

THANK YOU FOR THE HIS MUSIC at cafe STAND.

Text by kiyoe(エディター)